詩アーカイブ

愛を感じる

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あなたの感じる愛と、
わたしの感じる愛は違う

あなたは、
あなたの伴侶といても
満足しない、愛を感じないみたい

わたしは
わたしの伴侶といるだけで
十分満足している、愛も感じる

そんなあなたは
多くの人を巻きこんで
満足しようとする、愛を受けようとする

わたしは
そんなあなたに
巻きこまれたくない
わたしの満足している時間に、世界に
あなたの空気をまぎれ込ませたくない

どうか、近寄らないで
どうか、巻きこまないで

あなたの欲しい愛を
あなたと同じように欲しがる人は
他にもいるようだから

そんな人々と愛し愛されればいい

あなたとわたしの求める愛は違うのよ
仕方ないのよ

接点はあるかもしれないけど、
無理に接点をつくらないほうが
お互いがお互いをかまわないでいられる

それが、わたしとあなたができる
お互いの愛しあい方

近づかないこと、関わらないこと、
巻きこまないこと、巻きこまれないこと
それしかできない「愛」なのよ

異物

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虫は異物だ

人の行為は異物だ

人の考えは異物だ

人の存在も異物だ

みんな、異物だ

自分に舞い込んだ結果も異物だ

自分の思いどおりにならない人生も異物だ

やっぱり、みんな、異物だ

そんな異物の世界で
生きていかなくてはならないのか

オレに出来るか、そんなこと

異物は嫌いだ

そう思ってしまう自分こそが異物なのだ
自分が消えない限り、この「異物感」は
ずーっと続くのだ

そんな自分を変えられるのか
変わるものなら、変わりたい
その努力も「異物感」の塊になるだろうな

ああ、異物は嫌だ

お気楽

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お気楽に生きてはいけない
そんな焦燥感に駆られる

でも、何にもすることがないなら
それでもいいんじゃないかと思う

無理にがんばって
誰かに尻拭いをさせたり
迷惑や負担をかけたりするよりも
お気楽に、すいすいと
いろんなことをかわして
問題を抱え込まないで
生きられたらいいじゃないか

そもそも、お気楽に見えて、
問題を抱え込まないように生きる術だって
けっこう難しいことなのだ

それが出来るくらい
ある意味、能力が高く
すごいことじゃないか

お気楽に生きているように
「見える」のは悪いことじゃない

そう「見る」側の勝手で
精一杯生きているのだ自分の側では
能力がアップしているのだ

「見る」側の問題。
「見える」側の問題じゃない。
もしも、そう「見せる」努力をしているなら
それは「見せる」側の問題だろうが。

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夢に、しばられる
人間は、それが好きたぶん、きっと

自分が描いた夢は、
きっと叶うんだと思う

眠っている間に見た夢は、
きっと、その通りになるんだと思う

夢か、ただの願望か
時折、自分すら分からなくなる

ただ、「夢」だけにしばられる
何らかの形で、その通りになってしまうかもしれない
それが叶わないといけない

たしかに、そういう夢もあるだろう

けれど、そうじゃない夢もあるんじゃないかな

要は、その違いをどのように知ることができるか
かなり難しい

それは、人生の答えをどう見つけるか
いつもいつも、与えられていたら
この人生を生きる意味がなくなる
ということに通じるのだ

夢という、自分の願望、心配、不安に
とらわれすぎて、目の前の人生を
生きることを誤らないように

足りない

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足りないと分かりつつ、
付き合わないといけない

けれど、足りないことを
ふと忘れてしまって、
その足りないことを責めてしまう

そして、足りないことに
また意識が集中してしまって
さらに、その足りなさを埋める時間が
また足りなくなってしまう

そして、足りないことは
何も変わらない

下手すると、さらに
足りないことになっていたりする

足りないことには
集中しないほうがいい

それを忘れないことの
集中力が足りなくならないように
がんばることが一番難しい

誰と

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誰といっしょに
食べるのか

誰といっしょに
そこへ行くのか

誰といっしょに
それを行うのか

誰といっしょに
それを見るのか

誰といっしょに
生きていくのか

そして、
どのくらいの時間、
そうしているのか

それが、
それを終えた後の
気持ちを生み出す

欲求不満に陥って、
何かせずにはいられなくなる

満足して、
しばらく何もしなくても
じっとしていられる

誰と何を、どれくらいの時間、
やっているのか、なんだよね

もらう、あげる

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評価してもらう、
評価してあげる

やってもらう、
やってあげる

愛してもらう、
愛してあげる

お金をもらう、
お金をあげる

助けてもらう、
助けてあげる

「もらう」と「あげる」は、
シンプルな関係に思われる

けれども、見える関係とは逆の、
「あげる」と「もらう」になっていることもある。
意外と、微妙な関係かも知れない。

スッキリ

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やりたいことは、
だいたい、スッキリしたいこと。

余計なものを排除する、
整理されていないものをちゃんとさせる、
足りないものを集めてくること。

それを果たせば、スッキリする。
けれど、それも、一時的なこと。

また、スッキリしたいことが湧いてくる。
スッキリして、いざ、スタートという時に、
また、スッキリしたいことが出てくるから、
なかなか、始めるべきことをスタートできない。

いつまで経っても、スタート地点。
ゴールは、ほど遠い。

でも、考えてみれば、
わたしのゴールは、スッキリなのかな。
いろんなことをスッキリしたいのだ。

あくまで、それは、自分のモノサシでしかないが。
そう、独善的なレベルの行動だ。
それで、スッキリしたいだけ。

だれかが、それで益を受けるわけじゃないだろう。
ただ、自分がスッキリする「益」を受けるのだ。

だれのためにもならない、私のスッキリ。
そうやって、スッキリすることだけを考える私は、
いつしか、自分の人生を終えることでしか、
スッキリできない時期に到達するんだろうなぁ。

役にたたなくなった自分を、
それ以上、生かす意味を見出すことができず、
延命措置などすることなく、スッキリと、世の中から去りたいと。

自分の人生が、いちばん、スッキリしていないのだ。

テレビ

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テレビは、楽なもの。
ただ見ていればいい。

英語音声で聴いたら、
どうだろう?
さっぱり分からない。
これを、ちゃんと分かるようになりたい。
どれほど、勉強したらいいだろう?

そう思って、勉強を実行するなら、
テレビも、また価値のあるものになる。

けれど、思っただけで、
また、ただ日本語音声で
テレビを流し見るだけなら、
やっぱり、テレビはテレビのまま。

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音は、うるさい。
自分の意志で作ったり、
出している音以外は、うるさい。

自分から出る音ですら、
自分の意志と反しているとか、
自分の意に沿わない音なら、
きっと、うるさく感じるだろう。

他人の音は、うるさい。
テレビの音、食べる音、
スマートフォンを操作する音、
生きている音、なんでも。
勝手なもんだな。

自分がその瞬間に聴きたいわけじゃない、
という理由だけで、邪魔に感じてしまう。

ある人を嫌いになると、
おそらく、その人の発する音すべてが、
さらに嫌いになるのだろう。

その嫌いな音が聞こえる中で、
眼の前に好きな人、大切な人がいたら、
どうしたらいいんだろう。

心は、音に嫌悪感を持ちながら、
大切な人には、笑顔でいられるって
できるんだろうか。
なかなか、難しい。

その音に対する気分のために、
大切な人に、素っ気ない態度、
冷たい態度、怒り、不満をぶつけてしまいそうだ。

音は、うるさい。
聞こえるから、うるさく感じるのだ。

でも、聞こえなくなったら、
何もかも聞こえなくなってしまう。

聞こえるとは、すべてが聞こえること。
取捨選択できないのが、つらい。

きっと、聞こえが悪くなって、
補聴器をした時には、
音の取捨選択したい気持ちとは無関係に、
すべての音が増幅されて、耳に入ってくるんだろうな。

なんだか、とても、うるさそう。
だから、補聴器を嫌がる人が多いのだろう。

聴きたくないものを聴かない選択は、
見たくないものを見ない選択より難しいかもな。