言葉を見ない

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言葉を見てはいけない。

その言葉が発せられる、
その人の背景を
見るようにした方がいい。

「病んだ」言葉だけにとらわれて、
こだわって、勝手に傷つき、
こちらも「病んで」しまってはいけない。

言葉は大切だ。
けれども、たかが言葉だ。
そういう解釈が必要なシーンもある。

大切な人の言葉ほど、
そういう見方ができないと、
大切な人なのに救えないことになる。

言葉を見てはいけない。

そして、それが分かったら、
言葉しか見られない人に、
無防備な言葉を発してはいけない。

別れ

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別れは、
去っていく人よりも、
残された人々の心に
波風を立たせることを知った。

それは知らなかったこと。
若い心ほど、
波風の立つのは激しい。

SNSの時代には、
「悲しみ」を見せることに、
みなが忙しくなる。

去ったいった人のことよりも、
その悲しみが主役になってしまっている。

その波は激しい。
飲み込まれそうになる。

自分の悲しみでなく、
「悲しみ」の波に飲み込まれ、
自分の悲しみを失う。

そして、
去っていった人への悲しみよりも、
残された人々からの
扱いに対する悲しみを抱くようになる。

何をしたというのか、
何をしなかったというのか。

悲しみは、人それぞれでないのか。
悲しみも、みなと同じものにしないといけないのか。

悲しみとは、故人を悼む個人の感情ではないのか。
どこかに、基準ラインでもあるというのか。
「わたしの悲しみ」が「あなた」に見えるというのか。

落ち着いて、悲しむことすら出来ない。
悲しみたいことに、悲しむことすら出来ない。
なんなんだ、この世の中は。

ぜったい、おかしいぞ。

自分のこと

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自分の話をするのは、
難しい。

自慢にならないよう、
しかし、
興味を失わせることがないよう、
相手の反応を見ながら、
「いい話」をする。

簡単なことじゃない。

自分が思う「いい話」をするのは、
それほど難しくない。

自分が感動して、
涙を流しながら話すのも、
そんなに難しくないかもしれない。

けれど、その涙に、
誰もついてきていなければ、
自己満足で終わる。

誰の心にも、その話は、
残らないかもしれない。

それでいい、と開き直るのか。
だったら、誰にもその話はするな。

自分の話をするなら、
相手を見た方がいいんだろうな。
何を話したらいいか、
何だったら理解してもらえるか、
何が必要とされているのか。

相手はスポンジ、
自分は吸収しやすい水になる。

勝ち

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何に勝ちたいか、
本当の、本当の、
心の奥底の部分で、
何に勝ちたいか。

それに、心は占められる。
心に占められたもので、
体が動かされる。

ダメだと分かっていることに
動かされてしまう自分もいる。

しかし、
ダメだと分かっていて、
思いがけなく、
良い結果になることもあれば、
そのままダメなこともある。

ダメなままにすれば、ダメなまま。
ダメなことを学んで、
自分を修正してみれば、
よくもなりうる。

同じことをやるにしても、
心は、まったく違う。

あっちでこっちに向かってくる敵、
こっちからあっちに向かう自分。

戦う場面は同じでも、
まったく別の目的で戦っている。
そして、その目的にそって、
出た結果を解釈することになる。

冷静であるように、
冷静であるように。
それだけを願う。

心が、悪しき者に奪われないように。
悪しき思いで占められないように。

冷静であるように。
冷静であるように。

見られている

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見られている。
本当は見られていないのに、
見られていると思い込む。

それを意識したとたんに、
心の有り様が変わってしまう。
行動も変わってしまう。
そして、結果も変わっていく。

見られている。
いったい、誰に。

その「誰」の仮定を間違うと、
意識する方向を誤る。
見ている「はず」の相手を誤る。
心の有り様が、選択が、行動が、
変わってしまう。

見られている、見られていない。
気にする、気にしない。

自分の弱さが分からなければ、
心でコントロールしようにも、
できるわけがない。

どこを見ていたら、
それに気づけるんだろうな。